【うつ状態】私は、うつ状態になってよかった①

絶対的にうつ状態になどならないに越したことはないと思う。ただ、私はうつ状態になってよかったと思っている。よかったどころか、むしろ「そうなりたかった」と望んでいたような節があった部分は隠さない。

誰かの責任や環境のことを振り返ることはさておき、そもそも私は「自分が痛めつけられていないといけない」「嫌なことをしていなければいけない」という思想の持ち主で、自分に対してずっとそれを'課したい'と思って生きてきた。
そのまま自分自身が生きていることが自分で許せなかった。自分は何か苦労をしたり他人より辛い思いをすることで初めて生きていて良い価値が自分に対して生まれると信じていた。


この「痛めつける」「苦労をする」「嫌なことをする」というのを発揮しやすい場所が仕事だ。
自分ではユーザーのためとか会社のためとかいう理由を付けて(無論、それも全くゼロではないけども)沢山無理をした。
仕事は好きだし楽しかったけれど、1回それをやってしまうと、それを上回るだけのムチを自分に打っていかなければならない。
もはや自分では止めることができなくなってしまっていて、いかに太く強いムチを素早く自分に振り下ろすことができるかに、生きる上での美学的重点を置いていたように思う。

また、これは仕事だけでなく私生活にも及んでいた。
店に並ぶのをかって出たり、探したり、予約したり「ありがとう」と言われる気持ちよさに酔うというよりは、自分で自分に役を課した結果、他人から「ありがとう」と言われていた。なので、感謝されても対して気にしなくなっていった。その人のためでなく、自分が生きていてもよいという拠り所を単に得ようとした結果だったから。

ただし、だんだん歳を重ねるにつれてそれに違和感を感じて来た。大事な友達や大事な人に心からの行動を示したい気持ちに気づいた。
加えて、私は疲れていた。19歳で上京してずっと、あるいはその前から自分で自分を痛めつけてきて、死にたいとまでは行かなくても、もう、ただ単純に「休みたい」と思っていた。

ムチを打つ状況に加えて思考の変化がおこった。
仕事が忙しかった。
自分が疲れていた。
もう、わけがわからなくなっていた。
自分が何者か、無理をしているのか、できていないのか、、、、

その中で潜在的にブレーキをかけなければ、と思っていた。それが「うつ状態になりたかった」という考え方につながってくると思う。決して「うつ状態そのものになりたかった」のではなく、「ブレーキをかけたかった」のだ。

ほどなくして望んだとおりブレーキはかかった。

ここから2か月、会社を休むことになった。