dalle’s blog

大体音楽と馬と個人的な記憶の記録にシフトしていくようにしています

木曽馬を見に行ってきました

10月、台風の合間の晴れを味方に、長野県木曽郡に「木曽馬」を見に行ってきました。
木曽馬は日本に8種類ある在来馬の内の1種類で、長い盲腸を持って粗食に耐え、足腰の強い馬だそうです。
私が見に行った「木曽馬の里」では35頭程度が保護・育成をされてました。1つ学んだのは、育成や保護の中には血統の管理も含まれているということ。血が濃くなると命がつなぎにくくなるんですね。

現物を一目見て野生の圧迫感というか、やっぱり大きいな~という感じを受けました。
※洋種馬より30センチほど体高が低く、体重も100キロほど違うのに!

行った日はちょうど放牧をされていて、皆気持ちよさそうに草を食んだり、砂浴びをしていました。でもみんな寝ころびすぎて泥だらけ、草の実だらけ。厩務員さん、凄い手入れが大変そうなほどお外をエンジョイしていました。
1頭だけどうしても蹄の調子が悪く、外に出れないために物凄い声でいなないていました。ちょっぴりかわいそうだけど、ガマン。

乗馬体験もできるので1人で室内乗馬を20分程度体験しました。のせてくれたのは「ななちゃん」。実は19歳のおばあちゃん!笑
いつも乗っている洋種馬と違い、おなかがかなり大きいので合図を出すのも弱めから少しずつ。足が短くて回転が速いので走らせるとちょっと怖そうだったのでゆったり楽しみました。


最後に体の部位に触らせてもらいましたが、顎と首が大きいので頭自体が大きかったのと、蹄が寝ていない(よりつま先立ちに近いイメージ)のに加え、皮膚が厚く、愛撫でポンポンと首筋を軽くたたいてやるのですが「伝わってんのか?」と思うほど、ぼふっ、とした感じでした。いつもの洋種馬はパンパン音がなるんですが全くならず。笑
多いときは100人位体験乗馬しにくるそうです。皆、働き者だ。

人も少なく、そこら辺はずっと自然ばかり、ずっと草をむしる音だけを聞きながら眺める木曽馬はとても綺麗でした。
馬好きが高じた単発旅行でしたが、ほか7種類+引退馬を保護している牧場にどんどん行ってみようと思っています。

 

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初!外乗:ホーストレッキング

乗馬ライセンス5級がとれたら外乗にいくぞ~◎という楽しみを先月山梨県韮崎で叶えてきました。
行ってきたのはサニーフィールドさん。9頭のキャストと2頭のわんわんがいました。

最寄りのホテルまでお迎えに来ていただけたので15分ほど車に乗り、降りて最初にお出迎えしてくれたのは白黒のラニー。わふわふと飛び付いて歓迎してくれました。
そして引いてこられたのは私を乗せてくれる『ミルキー』。23才の大ベテランです。

乗る前から天空感が凄く、感嘆しすぎて手綱の持ち方もめちゃくちゃ。笑
最初に少し基礎練(私はお復習と慣れ)をやっていざ出発…出発!?最初が坂道だ!しかも砂利道!いつものレッスンでは平坦な道しか歩かないし、土なのでなんの心配もないですが、最初から心拍バクバク。でもなんの事はなく、ミルキーがゆっくりゆっくり降りてくれました。

そのあとはそのまま車道を歩いて(車もくる!)林道へ。回りの人にも挨拶しながら林にはいるとまだ紅葉が残り、木漏れ日が差し込み、とても雰囲気がありました。ミルキーが道草を食うのでぐいっと誘導しながら笑、サニーフィールドの方とお話しながらトレッキング。何もかも忘れて、アルプスと木々に囲まれながら素晴らしい時間を過ごしました。

今回は紅葉でしたが、春には桜が、初夏頃は木々の緑が素晴らしいとのこと、今度は暖かくなったら行きたいな~◎

 

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☆サニーフィールドさんのダイアリーに載せて貰いました
http://www.sunny-field.com/diary/index.html

【プレゼンテーション】If I Were A Boy/Beyonce

各所でプレゼンテーションして反応が少しあったのでこちらにも書き残しておきます。というか、こういうことがたくさん書けるといいなと思いますが。

紹介するのはBeyonceのIf I Were A Boy。

まず、楽しんでいただく方法としては
①楽曲だけ聞く

www.youtube.com


※英語がわかる人はこのまま歌詞を見ながら②の工程はスキップ

②楽曲を歌詞を見ながら聞く

luckyyygirlll.blogspot.jp


※外部の方が訳してくださったこちらがニュアンス的には自分に近いです。翻訳、ありがとうございます!

③歌詞を思い出しながらPVを見る

www.youtube.com

なのですが。

私が素晴らしいと思ったのは、歌、曲詩、ビデオ、すべて均衡にレベルが高く、どれも飛び出していない上に、どの角度から入ってもほかの分野に遷移できるようなルートができていること。加えて、ちゃんとポップスユーザー向けに間口を広く、とはいえわかりやすいだけでなく波をビデオの中で作ってクライマックスまで用意してあること。
30年生きてきて、お恥ずかしながらこの「三位一体」の感覚に衝撃を受けたのは初めてで、「これがプロの仕事か」と思いました。

 

こっからはネタバレです~。
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基本的に私はビヨンセの曲はこのくらいの音数の少ないものが好きです。
この曲は「もし私が男の子だったら…」というタイトルで、「男の子だったら好き放題する。でも、女の子の話はちゃんと聞いてあげる。だって、彼女の辛さがわかるから」というようなニュアンスの曲です。

ビデオがことに素晴らしいですが、まずビヨンセが冷たい方を演じるので大抵の人はここで「あ~、男女の位置転換をして見せてるわけね~」となるんですが、後半に、ビデオでは口頭会話を行うシーンがあります。ここで「なにをそんな妬いてんだよ…」というようなセリフをお互いに言うのですがその隙間に「What?」という一言が「色をつけて」発せられます。ここがクライマックス。
※個人的にはここでビヨンセがもう少し涙を流してくれても良かったきがする

で、曲としては「女の気持ちがわからない男」という話なんだけど、ビヨンセが先に男を演じることで、「でも、女の子も反対だったら…わかんないよ、おんなじこと、してるかも」というニュアンスも感じます。

哀しいし、すがりたいし、文句も言いたいけど、自分だって完璧にできるわけじゃないってことはわかってる。だから最後に「But you're just a boy」とだけ言うわけです。「だって、でも、あなたはただの男の子だから。」

うわああ~、これってなんか、こんなこと、言われた覚え、言った覚え、ありますよねー??っていう。
とってもシンプルだし、本当に「ポップ」ですが、これがプロが仕事することか~~~!!!と感嘆いたしました。

もちろん純粋に感動もしました。何回か泣きましたから!
でもどれが欠けても成り立ちません。すばらしい作品を見ました!

古典楽器と思いを馳せて

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先日NHKで見たクラシック番組でタンゲンテンフリューゲルを聞いたことをきっかけに「古典楽器」を見に行きました。今日は2箇所。是非皆さんにも行っていただきたいので、簡単に感想を記します。

上野学園大学
http://www.uenogakuen.ac.jp/univer…/campus/exhibit_room.html
https://jp.yamaha.com/sp/services/myujin/9957.html

日本に1台だけあるタンゲンテンフリューゲルを見に行きました。上野駅からてくてく、10分もしないで大学について、受付を済ませて2階へ。小さな部屋にいくつかの楽器が展示されています。

入りしなすぐタンゲンテンフリューゲルがあり、隣にチェンバロ等も並んでました。係りのかたにガバッと中を開けて見せてもらいましたところ、やはり弦をひっかくチェンバロと打つピアノの真ん中、という感じ。歴史として過渡期の作りが見られたように思います。

鍵盤楽器以外にも幾つか展示があり、丁寧に説明してくださるので非常に興味深く、なかでも特に面白かったのはハープ。装飾もさることながら、まずハープというのは最初はそのまま奏でるのみの楽器で、そのあとに踏むペダルがついて、シングルアクションペダルハープとして半音をあげることだけができるようになり、更にその後ダブルアクションペダルハープとして上下半音の調整が可能になったそうで、そのダブルアクションペダルを作った時に「こんなに凄いものを作ったぞー!」ということで、弦の動き(ダブルアクションのメカニズム)がわかる部分をガラス張りで作ったとのこと。笑

他にもホーンは楽器ではなく信号(いわゆる、ラッパとしての役割)だったので、調を変えるために部品を組み替えなければいけなかったことなど、古典が古典たる話が聞けて大変良かったです。

今回どうして来られたのか、と尋ねられたので、番組をみて、と答えると、やはり大学の方も見てらして、「あれは永久保存版です!」と仰ってました。

民音音楽博物館
http://museum.min-on.or.jp/
最寄り駅信濃町から5分くらい。すぐつきます。
あまりにも丁寧に出迎えて頂けるので「チケット必要でしたっけ」と聞いてしまいました。恥ずかしい。無料でございます。オホホ。

2階の展示室はピアノの部屋、自動演奏(オルゴール)の部屋、民族楽器、特別展示の4部屋に分かれていて、ピアノとオルゴールは時間が来ると説明をしてくれます。

まずオルゴールの部屋は15位のオルゴールが並んでますが、小さいものでなく、冷蔵庫くらいの大きいタイプ。幾つかを演奏してくれるんですが、私が気に入ったのは「手回しオルガネッタI型」。
http://museum.min-on.or.jp/collection/detail_D00025.html
日本の方が作ったもので、本のような穴の空いた譜面を差し込んで、ハンドルを回すとパタパタと譜面が進むことで音がなります。

次にピアノの部屋では15台位のピアノとチェンバロが並んでいて、お姉さんがそれぞれに合った楽曲を弾いてくれます!これはめちゃくちゃ楽しかった。ペダルの有り無しに加え、鍵盤の数も音色も変わっていきますが、面白かったのは「コンラート・グラーフ」というピアノ。
http://museum.min-on.or.jp/collection/detail_G00175.html
「トルコ式ペダル」というペダルで、ベルとドラムの音も鳴らせる優れもの!笑
個人的には調和ゼロでNGでしたが笑、ベートーヴェンも使ってたようなので、私のようなアマチュアにはわからないよさがあるんでしょうね…笑

特別展示をみたり民族楽器を叩いたりしていても、この演奏のときは声をかけに来てくれるので安心です。

いずれの施設も無料で楽しめますし、楽器が好きなかたが沢山います。
古典楽器を演奏することは、ただ古い楽器を扱うだけでなく、その音色を駆使して表現した気持ちや情景を掘り下げ、現代のように安定性がなく、再現もしにくい楽器の声をいかに現代人として聞くかということに繋がるので、全く古いだけで無いことがわかりました。

古典楽器から色んな思いを馳せた1日になりました。

【考察】良い人と悪い人の違い

ざっくりとした話。身の回りのことだけ見たときの話。

「良い人」と「悪い人」と、言われたり思われたりする人がおります。これはいろんなことに対して言われることで、優しい人は良い人だし意地悪な人は悪い人、というような具合です。
身の回りのことだけの話だけで言うと、この「良い人」と「悪い人」は非常に曖昧で人によってはそうは思わないとか、まったく逆の意見だとか言われてしまうことも、まま、あります。

どうしてそういう風に思ったり、人によって違ったりするのか。価値観と言ってしまえばそれまでで、価値観の違う人とは一生分かり合えないかもしれないし、そのような諦めも人生には必要かもしれません。

でも、こう考えてみたらどうなんでしょう。
例えば、「綺麗好きなひと」と「ずぼらな人」がいたとします。「全くもってどっちでもない」を0と置いたとき、綺麗好きな人はプラスの方向に30進んでいる人、ずぼらな人がマイナスに30進んでいるとしたら。
お互いに真ん中から30進んでいることには変わりなく、右に行っとるか左に行っとるかだけの違いです。

その上でなぜ好ましいほうとそうでないほうに分かれるのか。これは自分自身がどっちの方向に近いか(理解の距離が近いか)によって測りがちだからです。理解の距離が近いほうが楽に決まっています。

なので、良い人と悪い人はその人達自身がそうなのではなく、外野が勝手に判断しているものであると思ったほうが良いのです。キツイことを言えば、自分から距離の遠い人のことを理解しようとしなかった結果であるかもしれません。
良い人悪い人、と口に出して話をするのは、その人を自分の物差しで測った上に努力を怠った結果だとしたら、軽々しく言えますでしょうか。
「あの人は悪い人」だとか「アイツは嫌なやつだ」と良く言う人が何と言われるか。「程度が知れる、人間が見える」と言われるのです。つまり、その人のものさしが見えてしまってる、ということ。

人間だれしも悪い人はいない、というのは言い得て妙です。先にも書いた通り、その人自身が悪いかどうかではなく、周りが測った結果なのだから。
自分の心の中にそっとしまっておいて、自分を楽にしたり、成長させるためにその物差しを使えばよくって、自分の大きさを測るために使う必要はないのだと改めて思うところです。

【音楽】2種類目のおたまじゃくし

バンドでヴォーカルをやっているので自主的な練習をする。
例えば、音程をとること、呼吸を整えること、体をコントロールすること、パフォーマンスをすること。よくよく考えてみると歌うことに直結することが多かった。

この、よくよく考えてみるようになったきっかけは「リズム練習」。
最近、クリックを聞きながらドラムをたたいたり、家で毛布をたたいたりする練習を始めた。
別に難しいことはしないで、そのクリックの音に合わせて(クリックの音が聞こえないように)スティックで何かを打つだけで、右手から打ち始めて4分音符を4つ、8分音符を8つたたく。大体あってきたら左から打ち始めて同じことやる。
大体あってきたらクリックカウントの数を変えていく。

そもそも始めたばかり、早々うまくいきっこないので根気良く続けて行くしかない。
けれどもうっすらと気づいたことが…

クリックカウントが遅い場合:頭の4分音符はとらえ易いけど後の8分音符があわない。
クリックカウントが早い場合:頭の4分音符が会わないが後の8分音符があわない。

自分なりに考えた、今のところ、おそらく私の中に「リズムのおたまじゃくし」がどうもまだいないみたいだ。
「音階のおたまじゃくし」はヴォーカル練習をすることで増えたり、たくさん捕まえることができるようになった。だけど、「リズムのおたまじゃくし」が泳いでいないので「4部音符を8分音符2つ分/8分音符を4分音符の半分」で打つことができなかったんじゃなかろうか。(ただ、これはあまりにも理論的すぎるような気もする…)

歌っているときはどうしても短い音に置き換えがちで、しかも歌詞がある。さっきのここがこの長さだからここはこう、などということは考えたことがなかった気がする。

練習を進めることによって、この考え・感じ方がどうなっていくのかが少し楽しみだけど、逆にこの考えが正しかった場合、割と重い部分にメスを入れてしまった気がしてならない…。

とにかくヴォーカルだけに特化したことではなく、音楽全体としてのパーツの練習をし始めたことは良いことだと捉えておこうっと。